小田原城主稲葉正則の開基、黄檗宗の僧鉄牛道機によって創建された寺院。
長興山紹太寺は、神奈川県小田原市にある黄檗宗の寺院です。小田原城主稲葉正則の開基、黄檗宗の僧鉄牛道機の開山により創建されました。かつては大伽藍を誇っていましたが、幕末の安政年間(1854年 - 1860年)に焼失しました。現在も、稲葉氏一族と春日局の墓、鉄牛和尚の寿塔などの史跡が残されており、歴史を感じることができます。 稲葉氏一族と春日局の墓は、相模灘を遥かにのぞむ長興山山上で眠っています。春日局は、徳川第三代将軍家光の長子竹千代の乳母として知られています。家光は春日局を敬愛し、その息子である稲葉正勝を小田原城主に任じました。しかし、正勝は三十八歳で病没してしまい、その後を継いだのはわずか十二歳の稲葉正則でした。正則は、祖母である春日局の絶大な力で、三十五歳で徳川幕府の老中となりました。 鉄牛和尚の寿塔は、開山鉄牛の功績をたたえて建てられた塔です。大正十二年の関東大震災で倒れてしまった際に、塔心から青銅の二重の筒が出土しました。内側の筒には六十歳の鉄牛の髪と爪が納められ、外側の筒には長文の文字が彫られていました。 長興山紹太寺は、歴史を感じることができるだけでなく、自然も豊かな場所です。境内には、長興山のしだれ桜(かながわの名木100選)など、見どころが満載です。また、ハイキングコースとしても人気があり、自然を満喫しながら歴史に触れることができます。 ぜひ、長興山紹太寺を訪れて、歴史と自然を満喫してみて下さい。